・卒論を、マジでやらないとダメな時期になってきました。マジでやらないとダメです。今まで、ゼミの発表の前日に焦って徹夜して発表資料を作ってゼミを何とかやり過ごす・・・ということを、ひたすら1年繰り返してきました。まァそういうものなのかもしれませんが!!しれませんが、そのせいでやはり、今更になって危機感を覚え始めています!!やばし!!
何と言うか、こういう「エッセイ」みたいな自己満ブログを書いているせいで、思考が自己満で止まってしまうんですよね。ゆえに、客観的な第三者の目線でなかなか書くことが出来ない。私の卒論のアイデアは、殆どもれなく、「かつて私が体験したこと」に起因していることです。「(私はこれをやって良いと思ったから」こうするのが望ましいと考えられます」なんて書こうと思っているのですが。。。いかんせん、エッセイ的な語りになってしまって、客観的な文章を言うものをなかなか作成出来ないでいます。
ンまァたかが卒論なので、そこらへんは教授も多めに見てくれはするのでしょうが。なかなか難しいですね。
私は結局、主観的な意見を言葉にすることは出来るけれど、それを客観的な”真理”だったりとか”教え”に移行させる気が全く無いのでしょう。そんなもの、みんな無いとは思いますけどね。それによって苦労している、凡人の一人なわけですな。
・6月下旬に、無印で5冊299円のノートを買いました。5冊299円ってなんやねんって話をしていた気がするのですが。
そのノート5冊、もう全部使い切ってしまいそうです・・・。えぐいて・・・。
自分でビックリしました。「最終学年の夏に5冊。もうこれで大学卒業までは安泰だろうな」思っていたのですが、今日新しいノートをおろそうと思ったら、ノートが無かったんですもん。そして、ちゃんと、この3か月で使い倒してきた無印のノートが、机に残っているんですもん。えぐいて。
プログラミング関連で2冊使い、就活関連で2冊使い、「雑記」とかほざけたタイトルを巻頭に書いたアナログ日記で1冊使っています。はい、終わり。3か月で5冊をみっちりと使い倒してしまいました。。。
マジですか。マジですか。いうてみっちみちですよ。スカスカでノートを書いていたわけではございません。でも、使い切りました。どんだけーーー。
これからは、後期の教養の授業で使う分のノートと、あとは「雑記」の続きのノートと、あとは卒論用のノートが必要になってくるでしょうね。この夏ほどではありませんが、まだまだノートの需要はありそうです。
・それ関連で言うとさ、やっぱり、ノートを使った方が、自分は筆が乗るんですよね。一時期は、そすうデジタル化法案に則って、OneNoteという電子ノートみたいなもので大学の授業を受けようと思っていたのですが、、、結局、そこで吸収した知識は全然頭に残っていないようです。教養の授業は総じて苦行が多いですね。
それに引き換え、ノートの記した考えは、、若干ではありますが、やっぱり自分の身になっているのかな~と、そんな風に思います。就活関連のノートだって、企業理念で一杯ですもの。その企業理念は、未だに数社覚えているものがあります。すぐ忘れてしまいそうな綺麗ごとが並び奉(たてまつ)っている企業理念なのにね。どうして頭に残っているんだろうね。
私の場合は、ノートの、この右隅にこんなことが書いてあった!という写真記憶的な側面があるんです。なので、パソコンよりかは、A4やB4という区切りのあるノートの方が好きで合っているのかもしれません。個人的に好きな教科書に関しても、例えば倫理の教科書に関しては、「右下にこの哲学者のこんな思想が解説されていたな~」「この見開きのページで、あの4人の哲学者がまとめて紹介されていたな~」ということが、写真のように頭に浮かんでくるわけですね。それで、単語や人物同士の関係、それからその人の思想の文脈を覚えることが出来ています。
この写真記憶的な特性に立ってみれば、ノートをとることで覚えることが出来る、またカラーやデザインの凝った教科書(参考書)によって思い出すことが出来る、というのは、なかなか自分に合った勉強法になるのかな、と納得する次第であります。
・先日、「近日ニューオープン!!」というチラシを配りまくっているお店の、無料体験に行きました。マッサージみたいな感じですね。期間限定で、無料体験ができるそうです。
特に体が悪いとかそういうものは無かったのですが、あまり受けたことの無い”マッサージ”というものを、しかもタダで受けることの出来る機会だということで、予約して行ってきました。
結果得られた感想は、、、「タダより高い物はない」「ノルマ達成に必死」「高齢者に漬け込むことでお金が回っている」という結構厳しい社会の実態でした。。。(;・∀・)
マッサージに行ったんですけどね。施術自体は全然良かったです。色々こねくり回してくれて、実際に、施術前よりもよく曲がっていましたし、気分も良かったです。
でも、その背術後の「アドバイス」的なお言葉を貰っている段階で、「こういう運動をすると良いですよ~」というアドバイス本体はほどほどに、お金の説明に入っていくわけですね。「今回の施術だけではダメ。継続する必要がある。」「次回はまた割引が入って、何千円のところ、500円で施術が受けられる」というような説明です。まァそれ自体はそりゃそうなんですけどね。
そうなることはそりゃ分かっていたので、「すみません、あまり予定が空いていなくて・・・」という返しをすると、しかし相手もそれを分かっているのでしょう、グイグイグイグイと「ではここは?」「何時までですか?」と詰めてくる模様。。。ほんでついには、「18時までずっとバイトで無理なんです・・・」「私のところはね、20時までやってるんですよ!19時からで予約取っておきますね!( ˘ω˘ )(キリッッッ!)」ということで次回の予約をすることになりました。。。断り切れず、その場では承諾してしまいました(あとでキャンセルしました)。
20時までやっているとは。。。ちょっと見通しが甘かった・・・。*1
またそれに加えて、「評価をしてほしい」ということで、グーグルかなんかの口コミを、施術後に強制的に書かされるわけですね。店員さんにスマホを一瞬渡して、口コミページに飛べるQRコードを読み込んでもらって、評価を★5にしてから、「ここに口コミ書くだけで大丈夫ですよ」とスマホを手渡されるんです。
私は分かりますよ。このまま書くと、自分の本名が晒されたグーグルアカウントで、★5で、そのお店への口コミが書かれる。
でもさ、おじいちゃんおばあちゃんが分かるわけないじゃないですか。「グーグルで口コミを」って言うても分かるわけないじゃないですか。少なくとも、半分以上はそんなことは分からないはず。★5をつける操作だって、私はじっと手元を見ていたからわかりましたが、お店の方の操作は手慣れていて一瞬過ぎて、分からないと思いますもん。
私は、別アカウントに変えて、いったん★3で良いレビューを書いて、受付にその画面を見せて帰ってから、即その評価を削除しました(それでも★の平均には貢献してしまっているかもしれない)が。
多くのおじいちゃんおばあちゃんは、訳も分からないまま、本名アカウントで★5レビューを書いてしまっているのです。そして、その★5の多さにより、グーグル検索での順位は上がり、よく検索されるようになるのです。
ぐわ~~~~っっっ!!!(''Д'')って思いましたね。
「タダより高い物はない」「ノルマ達成に必死」「高齢者に漬け込むことでお金が回っている」
なんだかこの社会のちょっと良くない経済的側面を見たような気分です。それで経済回っているんだから別に良いんですけどね。
タダで施術してもらって何を、って感じなんですが。結局、100%純粋な善意でタダをやっているわけでは無くって、強引にでも話を進めて、お金をあげようというのが社会の仕組みみたいですね。怖い。
自分がお金を出すその先には、気を付けようと、改めて、思いました。
お金と時間は、やっぱり大きな影響を持っていますからね。
・私は、純粋な善意で、タダの奉仕を実行できる大人になれるのでしょうか??なりたいです。
最後までお読みいただきありがとうございます! コメントやスターなど大歓迎です!気軽にどーぞ!
現役大学生がボチボチ更新・発信していきます どうか温かい目で見守りくださいませ。
書き走り
また更新します。ほなまた!!
( ノ ゚ー゚)ノ
美術が得意だった中高の同級生が個展を開いている(いた)ことを、ストーカーのごとく名前検索をして知ってしまったそすう
*1:+_+