「大人っぽく、子どもっぽい」という「目標・目的」を見直さねばならぬ??

私は私の成りたかった私に成れているのだろうか??

 

大人っぽく、かつ、子どもっぽい。という意味では達成していると言える。生きる上でどうしても大人な部分を獲得して、だんだんと目の光を失って生きながら、でも同時に、常に遊び心やコドモゴコロを忘れないようにしていたい。アホで無知で純粋で、そしてそれを恥ずかしいとはそこまで思わず、周りの人に純粋な好意を向けられるような人間でありたい。そのような意味で、私は「大人になるつれ、子どもになりたい」というようにかつて願ったことがある。今でも願っている。

 

しかしいくらか問題もある。まず一つは、いかんせん、”大人”にあたる部分が、過去の遺産に頼りすぎていること。”大人”ってのは、それこそ自立心とか、、、責任感とか、、、自制心とか、、、淡々とした生活とか、、、そういったものを想定している。そしてそれらは、私がこの大学生活を通じて獲得してきたものというよりかはむしろ、受験期間、つまり高校在学中に獲得してきたものに他ならない。毎日淡々と勉強し、その勉強の知識を未だにずっと引きずって持っている。その知識と正確ゆえに「大人」と言われることは多いが、しかしそれはあくまで受験期間の遺産であり、大学に入って継続してきたものではない。むしろ、大学生活を経て衰退すらしているのかもしれない。

 

そして2つ目の問題は、もう少し単純だ。

「子どもっぽい」「可愛い」と言われる。それも、後輩から(笑)。

つまりは、舐められる(笑)。

まぁ「子どもっぽい」を目指す以上避けられない道であるとは思うのだが。これと、本来の私の不器用さも相まって、なかなか「シゴデキ」(㊟仕事の出来る良いオトコ、の意)にはなれそうにない。

まぁこれに関しては生き方というものであろうか??

 

 

 

 

 

 

先日大学の授業で、「目標・目的が大事」という話を伺った。

何か一つの取り組みを考える際に、その取り組み自体が良いか、悪いかなんてことを決めるのは、大変に難しい。でもそれを、「ある目標・ある目的」のもとで照らし合わせて考えてみれば、「そのために則った活動かどうか」という視点から、良い/悪いのジャッジをしやすくなる、というお話。例えば企業の掲げる企業理念なんてものは、理想論やきれいごとと言ってしまえばもうそれまでなんだけど、その理想論・きれいごとたる企業理念が、その企業の制度や枠組み、そしてもちろん人を規定して、それが良いように巡っているのが企業という集まり。小さな洗脳が行われていく。その洗脳が結果的にいい方向に向いていれば、その企業は良い企業であるという構造。(なお、これは私の拡大解釈である)

 

私自身は、自分の、自分なりの「目標。目的」を持っているのだろうか??

 

大人っぽく、子供っぽいという目的に照らしてみれば、多少は自分なりに納得のできる人生を歩めているのかもしれないが。だがしかしどうも納得がいかない。納得がいかないというか。。。来年から新しいフェーズへと突入していくんだし、時代も、それから私自身も大きく変わっているはずである。なので、それに応じて、その「目標・目的」とやらもアップデートする必要があるのだろうか??

このブログを書く意味も、毎日ゲームをしている意味も見失いがちな最近の私の人生(鬱っているわけではない)を、改めて見直さねばならんようである!!

 

 

 

 

 

 

改めて、筋トレを始めた。お風呂前の10分だけだけどね!

でもそれでも、怠けていたからだのは十分なようで、毎日筋肉痛が続いている。

これが1か月、3か月、半年と続けていってくれさえすれば、私の人生は多少はマシになるのだろうか。マシになってくれればいいのだが。

 

今は取り敢えず、やることをちゃんとやろう!!勉強と卒論ガンバ!!!

 

 

 

 

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眠いです。。。

 

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( ノ ゚ー゚)ノ

 

 

 

 

バイト6連勤(?)を頑張るそすう